世界中のどこからでも質の高い教育にアクセスできる「国際教育プラットフォーム」の構築は、現代の高等教育における最重要課題の1つです。文部科学省が進める「JV-Campus」は、大学間の垣根を越え、日本が世界に誇る教育コンテンツを配信するだけでなく、国境を越えた学生同士の対話を支えるデジタル基盤としての役割を担っています。
本記事では、JV-Campusを活用し、日米の学生が時差を超えて共に学ぶ筑波大学の「インクルーシブ・スマート・ソサエティー(ISS)プログラム」に注目。プラットフォームがいかにして多様な背景を持つ学生たちの対話を引き出し、教育の可能性を広げているのか。プログラムのリーダー、事務、学生という3つの視点から、その真価を探ります。
―まずは、プログラムリーダーである松島先生に、プログラムの背景を伺いました。
松島先生:
このプログラムは、さまざまなスマートテクノロジーを活用して、インクルーシブ社会を実現しようという、教育プログラムです。「ダイバーシティ」や「インクルージョン」がより重視されるような現代において、比較的均質な社会である日本で、多様な人を受け入れられるような社会をどのように作っていくかが重要な問題です。その分野の先進国であるアメリカの大学と共同で学んでいこう、という背景からこのプログラムは作られました。
―「インクルーシブ(包摂)」というテーマは、多様なバックグラウンドを持つ学生たちをも惹きつけています。創薬の道を歩む本橋さんも、その1人です。彼女を突き動かしているのは、身近な家族への深い想いでした。
本橋さん(学生):
私の妹が幼少期の病気の後遺症で障害を持っており、彼女が、彼女自身をあまり前提とされていない社会で過ごす姿を間近で見てきたため、インクルーシブな社会とはどういうものなのだろうと考える機会が多くありました。講義名の“Inclusive Smart Society”という言葉を見て、受講することで、他の学生との議論を通じて自分の考えや理解を深めたいと思いました。
―志を共にする学生が集まる一方で、日米共同プログラムならではの物理的な壁が立ちはだかりました。日本とオハイオ州、互いの生活リズムが真逆となる「14時間の時差」です。この制約を乗り越えるために選ばれたのが、JV-Campusでした。
松島先生:
最大の課題は、14時間の時差です。リアルタイムの授業が難しいため、「JV-Campus」というプラットフォームを活用しています。まずチャットベースで意見を交わし、その後ビデオ会議等で提案を作り上げていくという授業設計にしました。
―なぜ、「JV-Campus」だったのでしょうか。
松島先生:
日米双方の学生がアクセスでき、個人情報や授業成績といった情報が守られる、信頼性が高いプラットフォームが必要だったためです。また、JV-Campusの機能のひとつにディスカッションボード(掲示板)というものがあります。チャットでディスカッションを行えるので、英語が得意でない学生にとって、ディスカッションの敷居が低くなり、入り易くなることを考えて設計しています。
深谷さん(事務):
日米間では時差が大きな壁になりますが、掲示板形式(フォーラム)なら議論の流れが可視化され、オンデマンドでも活発な議論が可能です。また、情報管理の行き届いた「閉じられた空間」であるため、学生が安心して意見を述べられました。
本橋さん(学生):
筑波大学の留学生や、アメリカのオハイオ州立大学の学生など、背景の異なる学生たちが参加しています。自分ひとりでは到底至らないような視点や意見が共有されており、普段の生活では得られない刺激を受けることができました。また、講義内容も法律や規則、人々の生活に関するものが多く、専門外の英語表現や語彙を学ぶ貴重な機会になりました。
―本プログラムでは、JV-Campus上での学びをデジタル証明として可視化する「オープンバッジ」の仕組みも導入されています。これは、学生たちのキャリア意識を刺激する新たな試みとなっています。
深谷さん(事務):
単位取得者やイベント参加者の内、希望者にオープンバッジを発行しています。特に留学生や海外の学生からの発効依頼が多く、将来に活かそうとする意識が強いと感じます。
―今後の展望を伺いました。
松島先生:
このプログラムは5年間の予算終了後、自走することが求められています。バーチャル空間への投資や、他大学への連携拡大を進め、プラットフォームとしての利便性を高めていきたいですね。また、オハイオ州立大学の日本語学科の学生と、筑波大学の英語を学びたい学生を結びつけるなど、新たな「化学反応」が起きる仕掛けも考えています。
本橋さん(学生):
私が進めている創薬の技術も、ISSを作り上げていく上では非常に重要な部分だと思っています。具体的な活用方法はこれから模索していく段階ですが、「常に課題に対して問いを持ち続ける」という今回得た姿勢を大切にしていきたいです。今後も学際的な学びの場に参加し、様々な視点からの考えを吸収して、自分の研究にも活かしていきたいです。
松島先生:
最終的なゴールは、社会貢献を目指したスタートアップ企業というのを学生が考えて立ち上げること。アメリカの学生と共に、できれば国際的なスタートアップを立ち上げて欲しいと思っています。実際に起業する学生はもちろん、一般企業に進む学生にとっても、ここで学んだことは、色んなところで活きてくると思います。筑波大学の学生が、広い視野を持って活躍できれば良いと思います。
―結びに代えて
14時間の時差や物理的な距離という壁を、JV-Campusという共通の教育基盤がつないでいます。
今回の取材を通じて見えてきたのは、単なるオンライン授業の枠を超え、プラットフォームという安心できる環境があるからこそ生まれる、学生たちの自由な対話と新しい気付きでした。本橋さんが語った「問いを持ち続ける姿勢」は、専門分野や国籍の異なる仲間と議論を重ねたからこそ得られた、ISSプログラムならではの収穫と言えるでしょう。
デジタルな場から始まったこの化学反応が、今後どのような形となって社会に実装されていくのか。JV-Campusという土壌で育った学生たちが、広い視野を持って未来を切り拓いていく姿に期待が膨らみます。